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松匠創美ブログ

‘介護のこと’ カテゴリーのアーカイブ

2017/02/20

春二番の日

今日の葉山は、春二番と言えそうな強風が

1日中、吹き荒れていました。

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荒波の様子を写真に撮ろうと移動中に車を停めて

外へ出てみたのですが、強風に煽られしまい、

冷静にタイミングを見計らってシャッターを押すことが

出来ず、良くわからない写真で、すみません。

普段あまり見ることにできない荒れた海でした。

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そんな強風が吹く中、向かった先は、

昨年末まで母がお世話になっていた施設です。

中々片付けに行けず、既に2か月近くも放置した状態で、

施設長のお言葉に甘えていたのですが、

本日、やっと片付けに行って来ました。

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ほとんど寝たきりだったため、生活用品はあまりなく、

衣類があるくらいで大物は車いすの2台くらいです。

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これらの車いす、最初は施設に入所して間もなく、

座るタイプの一般的な車いすが必要で用意しました。

その後、容体が変化し、横になれる車いすに

乗り換える必要ができ、用意しました。

これら2台の車いすは、持ち帰っても途方に暮れるので、

施設長にご相談すると、

施設で利用してくださると言う事でしたので、

オムツなどの消耗品と共に

そのまま、置いて行かせてもらうことにしました。

片付け終わった部屋を見渡し

母は本当にもう居ないんだなぁと改めて思い知りました。

最後の写真は、母の部屋から見える景色です。

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施設長をはじめお世話下さった皆様、

本当にありがとうございました。

最後までお読みくださった皆様もありがとうございました。

2017/01/13

母のコト

今日は、とても個人的なお話です。

昨年に引き続き、今年も年の初めにこんな話を

しなければならないことになってしまい痛く恐縮なのですが、

昨年の年もいよいよ押し詰まった26日の早朝、

母が亡くなりました。80年の生涯でした。

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母のコトは、これまでもこちらのブログに時折書いてきましたが、

2007年の2月に小脳出血で倒れてからの10年、

9度の入退院を繰り返し、特に後半の5年間は

娘の都合で有料老人ホームでの生活を余儀なくされ、

3年程前には要介護5の寝たきり生活になっておりました。

施設を訪ねてもとんぼ返りで取り付く島もなく、

いつも、忙しい忙しいと冷たい娘を産んでしまったことを

施設のベットで悔やんでいたことでしょう。

そんな中でも、施設のケアマネージャーさんが

とても当たりの柔らかいやさしい方で、母がとても信頼し、

気に入ってくれていたことが、せめてもの救いです。

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母とは、母がまだ元気だった頃、手が焼ける父の面倒は、

母でないと無理だから、父より長生きしてくれないと・・・

と、よく話していたので、その約束を守り1年近く頑張って、

そろそろいいかなぁと旅立って行ったのではと思っています。

沢山の愛情をかけて育ててもらったにも拘らず、

親孝行の一つも出来なかった不出来な娘でしたが、

この世に招いてくれたこと、本当に感謝しております。

ありがとうございました。

今週末は、この冬一番の寒気がやって来るそうですので、

どうぞ体調を崩さぬよう、暖かくしてお過ごし下さい。

最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございました。

2016/03/22

夫婦のことは

昨日は、遅い午後から母の入所しております施設まで

衣替えのために行って参りました。

先週の日曜日は、大阪へ向かう途中に母の体調が思わしくなく、

救急で病院へ連れて行くのでと連絡をもらっていたため、

不安な気持ちで新幹線に乗っていたのですが、

程なく回復して、入院することなく、施設へと戻ったとの

報告を受け、ひと安心をしていました。

しかし、その具合は気になって居りましたので、

会ってみた様子では、意外と意識がクリアでしっかりとして、

落ち着いているように感じられ、ほっと致しました。

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まあ、本当に親不孝な娘で、

実は、今回の訪問が今年初めての訪問でした。

と言うことで、まだ伝えていない

父の死を伝えなければなりませんでした。

到着して、まず最初にそのことを話ましたところ、

母は、受け入れ難く、信じられない。

と、しばらくの間、悲嘆に暮れている様子で、

共に涙を流すことしかできませんでした。

いつも父の訪問を喜んでいないように見えた母でしたが、

夫婦のことは本人たちにしか分からないものだと、

つくづく娘は思い知らされることとなりました。

もっと早く、知らせてあげなければならなかったと、

遅きに失した感は免れませんが、謝るよりほかありません。

昨日は東京で桜の開花が宣言されましたが、

今年の春は母が入所して丸4年、5度目の春です。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

2016/01/12

父のコト

新年早々なのでお知らせすることを迷う気持ちもありましたが、

今日は個人的なお知らせです。

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昨年の9月に救急で病院へと運ばれた父でしたが、

入院してから認知症が急速に進んでしまいまして、

昨年末には認知症の専門的な病院へと転院したのですが、

年が明け、5日の夜、肺炎で息を引き取りました。

連絡をいただいた時には既に呼吸も心臓も止まっており、

病院の先生から、そうは苦しまない最期だったと聞きました。

1月1日生まれですので79歳になったばかりでした。

日本人男性の平均寿命80.5歳に届かなかったことは、

娘として十分なケアができなかったと残念に思うところです。

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9日土曜日に通夜、10日の日曜日には告別式を行い、

ほんの身内だけで見送りました。

火葬場で遺骨になって出てきた父を見たときに

ああ、これで本当に逝ってしまったのだと実感しました。

その遺骨は骨がしっかりしていて、

担当の方が「こんなにつぶしたのを見たのは初めて」と言うくらい

骨壺に入り切らないのではと心配しましたが、

なんとか無事納まりました。

まだまだしっかりとした骨を見て、

さらに残念な気持ちが沸いてしまいました。

会えば喧嘩ばかりしている父娘でしたが、

良くも悪くもよく似た父娘でした。

この世に私を迎えてくれたことに、こころから感謝です。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

2015/12/18

転院

9月に父が入院してから既に3カ月以上が経ち、

急性期の病院にこれ以上居続けることは難しく、

療養を主とした病院へと今日は転院をする日でした。

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(写真は12月4日の強風に白波の立つ海と江の島です)

転院先の病院までは車で約1時間の道のり、

父は既に歩くことが難しく、車いす生活を送っているため、

介護タクシーを進められ、今回はお願いすることにしました。

以前、母が介護施設へ移る時には自分の車に乗せて

倍の距離をよく移動したものだと、今では思います。

今日の介護タクシーのドライバーさんは

ホームヘルパーの資格などをお持ちで

途中、トイレに行きたいとの突然の要望にも柔軟に対応してくれ、

転院先の病院を間違えて、違う病院へ連れて行かれるという

おまけがつきましたが、負荷が少ない移動ができました。

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(写真は12月9日森戸海岸の夕景です)

これしか動けないのだから「俺には無理だ」と言う父と

これだけ動けるのだから「やってみなければわからない」

と言う娘は、病室でけんかをして別れました。

やさしい言葉でやる気にさせる、その勉強が必要なようです。

今年もあと2週間を切りました、

どうぞ充実した週末をお過ごしください。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

2015/10/23

高額療養費の支給

おかげ様で、順調に回復した母は、10日間ほどの入院で

無事に本日、退院することができました。

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それにしましても、今月は両親共に入院

という状態になっておりましたので、

医療費負担もまとまった金額になりそうです。

医療保険の入院給付金が下りるといいのですが、

両親が保険に入った頃とは治療方針も大きく変化し、

入院期間をなるべく短くするようになりましたので、

その昔に両親が加入していた医療保険では

20日以上の入院でないと入院給付金が下りないなど

時代に合わなくなっていることを感じます。

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そこで、高額療養費の支給を受けることが可能か

調べてみなくてはと考えています。

高額療養費の支給とは、1カ月の医療費が高額になったとき、

自己負担限度額を超えた分が高額療養費として

戻ってくる制度です。両親のケースはどうなるのか、

これを勉強してみたいと思っております。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

2015/10/21

介護保険の認定調査

今日は父の介護保険認定調査の日でした。

父が入院して早いもので、一か月半も経っており、

調査は入院中の病院で行われました。

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介護保険制度は、毎年更新があります。

更新時に認定調査を行い、現在の身体の状態を確認した上で

現在の介護度が決められます。

今年7月に更新手続きを終えたばかりなのですが、

病院のケアマネージャーさんからのすすめで

今回の入院で体調が変化したことにより

再度認定調査を依頼することにしました。

調査は、入院前から入院へ至る経緯などを私と話した後に

現在の状態を本人へ質問をしたり、

実際に体を動かさせてみたりして確認していました。

近況は、看護師さんにも聞き取りをしてくれていました。

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調査の後は、リハビリの様子を見学してきました。

リハビリをして少しでも回復をして欲しいと切に願う反面、

要介護度が低いと施設への入所が難しくなってしまうという事実、

リハビリをして自宅へ帰れるようになろうと励ましつつも

自宅へ帰ることは難しいと仄めかさなくてはならないという矛盾、

頭と心が忙しいです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

2015/10/14

母も入院

今週の月曜日、体育の日深夜、

施設の方に付き添われ、母が入院することになりました。

重篤な状態ではなかったこともあり、

入院の手続きは翌日でも大丈夫と言っていただき、

昨日、病院へ行って参りました。

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こう頻繁に入院しますと、さすがに慣れたものです。

早々に手続きを終え、入院計画書の内容から

出来れば医師のお話を伺いたいと、

看護士さんにお願いしましたところ、

30分ほど待っていれば、お話を伺えそうとのことでしたので、

しばし、病室で待つことになりました。

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現在の母の状態は、娘のことは判るようですが、

会話ができることが稀な状態になっています。

それ故、一方的に話しかけるばかりで

徐々に話しかける言葉も少なくなり、

病院や施設を訪ねた際にも必要最低限の用事を済ませ、

あわただしく部屋を後にしてしまい、

ゆっくりと時間を過ごすことがなくなっていました。

今回のように病室で待つ必要があって初めて、

会話も無く、枕もとで仕事をしていたとしても、

同じ時間を過ごすことが大切だとわかりました。

1時間ほど待つ結果になりましたが、

よい時間になりました。ありがとうございました。

2015/09/29

やさしい社会

父が入院して既に3週間が経ちました。

先週末、病院のケア・マネージャーさんより連絡があり、

安定した状態にはなったのですが、以前のように

おひとりでの生活出来るまでに回復することは難しいため、

介護施設を探して下さいと言われました。

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入院してから医師の説明を一度も聞くことなくそう言われましても

はい、分かりましたと答えることは出来ず、

本日、医師に説明をしていただくため病院へ行って参りました。

先生は言います。「もう、お身体はどこも悪くありません。」

でも、以前のようにひとりで暮らすことは難しいのですよね?

「そうですね。でも、娘さんの介助があれば、

お家へ帰っていただくことも可能です。」と言う。

しかし、これは24時間介助と言うこと。

母の時も同様のことを言われ、途方に暮れたものです。

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老後に一抹の不安もない人は、ほんの一握りと思います。

もう少し、やさしい社会をめざせないモノかと考えつつ、

自分の体力作りはしっかりしようと、心に誓うのでした。

2015/09/08

洗濯干し

今日の葉山は朝から豪雨でした。

午前中の打合せの後、午後からは車で出掛けたのですが、

物凄い雨で、ずっと洗車機の中を走っているかのようでした。

そんな中、車で出かけた先は病院です。

数日前、実家で父がいつものように洗濯物を干している時に、

一階の掃出し窓からテラスへと転落してしまったそうで、

その際、本人は大丈夫と思ったようですが、

時間の経過と共に体が動かせなくなってしまい、

とうとう昨日の朝、救急車で、病院へ

運ばれることになってしまいました。

昨日は病院へ行くことができなかったため、

今日、様子を確認に行って来ました。

アリストロメリア6月

意識はしっかりしていて問題はないのですが、

転落のダメージが身体には結構あったようで、

病院へ運ばれるまでの数日間で身体の機能が低下していて、

以前の状態へ戻ることは難しいかもと注意喚起されました。

既に母は全介助が必要な状態ですので、

父まで寝たきりになってしまうようなことがないといいのですが・・・

まずはからだを整えて、

頑張ってリハビリに励んでくれることを祈っています。

洗濯干し用のテラスが必要だったことに気付けない

駄目な娘でした。後悔先に立たず・・・です。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。